こんにちは、宮本です。

今日は

100戦99敗で天下を取った劉邦

について記事を書いていきたいと思います。

劉邦という人物は

紀元前、荒れ果てていた中国という広大な国を

「漢」という国家に統一したほどの人物ですが

その統一までは失敗ばかりだったようです。

 

そこで今日はその劉邦のエピソードをご紹介したいと思います。

これは現代のビジネスマンにも

参考になる点があるかと思いますので

ぜひ最後までご覧くださいね。

 

それでは早速行ってみましょう!

 

劉邦とはどんな人物

 

劉邦とは、古代中国の漢王朝の初代皇帝です。

 

劉邦の実家は元々、

農家をしていたようなのですが

劉邦自信は働くこともせず、

怠け者だったようで

親族とは折り合いが悪かったようですね。

 

40歳も半ばになり

才色兼備の奥様をもらってからも、その奥様に働いてもらって

自分は家でゴロゴロしていたようです(笑)

要は女性のヒモですね(笑)

 

しかしそんな劉邦ですが、

人柄はとても良く魅力的で

その周りには多くの有能な人物が集まったようです。

 

 

20代の項羽が天下統一目前

 

その当時の中国は始皇帝という皇帝が亡くなったあと

各地で争いが相次ぎ、荒れ果てていました。

そんな中で急速に勢力を伸ばしてきたのが

項羽という20代の若者でした。

項羽は武勇に優れ、各地を強引な武力で制圧し続け

瞬く間に自分の勢力を中国全土に伸ばし続けていきました。

 

劉邦も何回も戦いを挑んだのですが

その都度負け、そして逃亡する、

ということを繰り返していたようですね。

 

最後の1勝で全てをひっくり返した劉邦

 

そんな戦いに弱く

項羽と100戦して99敗していた劉邦ですが

最後の1戦で見事勝利し、中国全土を統一してしまいました。

 

 

なぜ武勇に優れ、若くて優秀な項羽が

40代で弱弱しい劉邦に破れたのでしょうか?

 

 

様々な要因があるのですが

一番の原因としては

項羽は独断専行が多く、人望の無さで優秀な人材が離れて行った

ということのようですね。

 

自分を過信しすぎた項羽

 

項羽の下で働いていながらも能力を認められず

劉邦のもとについた武将は数多くいました。

 

特に有名な武将は韓信という人物ですね。

 

韓信という人物は軍事能力にとても秀でていて

最後の決戦で勝利を決めたのも

韓信の采配だったと言われています。

 

 

そんな韓信を初めとした優秀な人材たちが

「項羽は独断ばかりで自分たちの能力を認めてくれない」

と不満をあらわにし、次々と劉邦側に加わったようです。

 

 

そしてそんな優秀な人材を集めた劉邦は

戦いのたびにその優秀な部下に意見を求め

それが失敗したら、すばやく退却し

また計画を立て直していくという

PDCAサイクルをまわし続けたようです。

 

富や名声も無く、

軍事の才能も無く、

40代で女性のヒモになっていて男が

中国という広大な土地を

一つの国家としてまとめ上げたのは

 

優秀な人材を集め

その人材が最大限能力を発揮できるよう環境を作り

計画が失敗しても

すばやく退却してまた計画を立てなおす

 

というよな

マネージャー(社長業)

としての才能があったのでしょうね。

 

今回は古代中国の例ですが

これは現在のビジネスの世界でも

通じることがあるかと思います。

 

もしあなたが

 

管理力(マネージャー)や

社長業についておられるなら

 

ぜひ今日の記事を参考にしてみてくださいね。

 

それでは本日も

最後までお読み頂きありがとうございました!